Never be afraid to try something new.
Remember, amateurs built the ark.
Professionals built the Titanic.
新しい事を手掛けることを恐れてはいけない。
素人がノアの方舟を作り、プロがタイタニックを作ったという事を覚えておいてほしい。
この言葉を私に教えてくれた今は亡き人に心からの感謝を贈りたい。
2013/03/28 記
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※ 学士(理学)の取得済みの専門科目および関連科目 ※
○数学・情報系… 数学4 統計学4 数学の歴史2 記号論理学2 メディア工学入門1
○物理学・地学系… 地理学4 流れの基礎と風力への応用1 膨張する宇宙と生命1
X線で探る高温の宇宙1
○化学系… 科学方法論(化学)4 大気と環境の化学④1
○生物学系… 生物学4 動物の科学2 生物の進化と多様化の科学2 免疫と微生物の科学1
法医学2 比較認知科学2 生理心理学2 動物発生学から見た私たちの体1 詳解法医学1
日本の植物と私たちの暮らし1
○理学に関する総合的科目… 自然科学特殊講義4 環境教育2 環境論入門2 水環境論2
環境デザイン概論4 私たちの生活と環境リスク2 地球温暖化問題の概要1 環境科学2
○関連科目…
◇計62単位
※ 履修中の科目 ※
知覚・認知心理学2
◎当初は専攻の区分を数学としていたが、2016/6/5 に未定に変更した
◎科目名の後のアラビア数字は単位数である (2019/08/01 時点)
これで学位授与機構に学士(法学)を申請するための成績証明書が揃ったことになる。
私は通信制の法学部を出たが、それだけでは機構学士(法学)の専門科目の単位を充足していない。
基礎法学に関する科目(4単位以上)、国際関係法に関する科目(4単位以上)が足りなかったのである。
私の出た通信制では国際法2単位が必修だったが、他に国際関係法の開講はなく、そして基礎法学については法哲学2単位のスクーリングがあったが必修ではなかった。
おまけに、その法哲学は教員が一万円以上する自著を学生に買わせて、試験は教科書持ち込みで内容を引き写しさせるというものだった。教科書どおり写していないと不可らしく、だから高い教科書をみんな買わざるを得ない。馬鹿馬鹿しくて、私は受講しなかった。
今回、その不足単位を次のように補っている(これは例の16単位とは別の話である)。
○基礎法学に関する科目
「日本法制史2単位」「法哲学2単位」「法医学2単位」(近大)
「英米法2単位」「EU法2単位」(創大)
「法格言に見る法・社会・文化1単位」「詳解法医学1単位」(放大)
○国際関係法
「国際法入門2単位」「国際法2単位」(近大)
「国際私法2単位」(創大)
学士(社会科学)に比べれば単位の充足は難しくないが、某氏が書いていたように放大だけでは難しいようだ。
と言うことで、後は肝心の中身の準備をしないとね。
まだ全部聴けてないが、とにかく11/29までに送信しないと来年一月の試験が受けられない。
去年受講した「生理心理学」の姉妹編みたいな感じの科目ではあるが、あるべき人間の姿(思考方法)のような視点が巻末になっていて、社会科学的な科目でもあるような気がする。
ただし、国立教育政策研究所が2013年に提案した「21世紀型能力」にクリシン(批判的思考力)の文言があることを評価しているのは、天皇のお練りに歓呼する国民作りとそんなものが相容れるということだろうか。
グーグルの地図検索で、道のりが単純で迷子にならないだろうと思われる館を選んだのだ。国道沿いで一応歩道はあったが、交通量が多くてとても緊張した。
必死に漕いで一時間ちょいぐらいで到着し、TRCのフロイラインが直ぐに手続をしてくれた。これで、インターネットで蔵書を予約することが出来る。
なお、取り寄せてもらうのは上本町の館にする。ちょっと街に出たついでに、寄るという感じだ。
そもそも、きょう自転車で二度と行きそうもない館へ行ったのは電車賃が勿体ないからである。
ちょっとでも節約しないとね。貧乏人はつらいよ(上本町の館は、自転車では田舎者は道に迷いそうだし)。
で、図書館から帰ってからクリ当番に行ってきた。
かくして、私の勤労感謝の日は終わったのである。
一体、樫村志郎という担当講師の説く「エスノメソドロジーとは何なのか?」。
前向き駐車とあるのに、スーパーの駐車場は見事にそれを無視して後ろ向きに全て突っ込んでいる。
近隣住民への迷惑を少しでも減らすための施設管理者による規制のはずが、誰も守っていない。
前々から実例として感じていたことを、今朝たまたま写真を撮ったので記事にしてみた。
本当は、創大で「法社会学」なんかも取りたかったなあ。

人間はありのままの自分を受け入れることが難しく、暗算どころか筆算もママならない自分に驚き、大昔に一応は理系の大学に合格した自分と今の自分との間にあるものに戸惑っている。それが、寄り道を生んでいる。
いや、より正しく言うと今の自分が生まれてからの実像で、大昔に存在したと思っている自分が虚像なのだ。
それでも、虚像は虚像で何らかの形にしてみたい。こういうのを、心理学で何とか言った。
そんな中でチラっとだけ学士(理学)の学修成果のテーマが、見えてきたような気もする。
学士(法学)が一段落したら、後は寄り道をやめよう。本当は、寄り道したいテーマが山程あるのだけれど(笑)
ただ、知的好奇心という意味では私にとってはむしろ寄り道が本筋で、学士(理学)の方が実は寄り道なのかも知れない。
失ったものを取り戻したい。それが私の、学士(理学)への途なのだから。
勤労感謝の日の朝、大阪は好天だ。
大阪市立図書館へでも行くか。
どうしても読みたい本だったので、インターネットで予約しようとしたら図書館利用者カードが期限切れになっていて弾かれた。
図書館利用者カードの更新と借り出しを同時にしようと思ったら、西長堀の大阪市立中央図書館まで行かないと不可ないということだね。
遠くて、あんまり行きたくないなあ(笑)
このご時勢、更新手続きをインターネットでするような仕組みは出来ないものだろうか。
アフリカ諸国からリビアを経由してEUへ入ろうとする移民に対して、実はEUがリビアに資金提供をして文字どおり水際で遮断しているという事実がそこに書かれていた。
EUとイタリアは2016年にリビア沿岸警備隊と協定を結び、資金援助とともに本来はEUとイタリアが行うべき領海での海難救助をリビア沿岸警備隊に委託したというのだ。そして、リビア沿岸警備隊は移民を引き戻したり、溺れている移民たちを見殺しにしたりしているのだと。
ドイツ人のピア・クレンプ(37歳)は、こうした現状に対して人道的視点から溺れる移民たちへの救助活動に従事したところ、今回の逮捕起訴になったらしい。電話の盗聴、スパイ活動、非正規移民への教唆幇助といった罪名が書かれている。
正直なところ『ビッグ・イシュー』に書かれていることが全て正しいなどとは、フードバンクの一件を以ても思えない。
ただ、先に書いたEUレベルでのデモス(国民)論に対して私が感じた疑問が、ここに結実しているように思うのだ。
要は、EUレベルでのデモス(国民)が存在しないことがEUにとっての大問題だという論者は、どのような理念の下でのデモスを求めているかを明らかにすべきなのだ。
過去の悲惨な大戦の経験に鑑みて欧州を平和な共存圏にするという理念と、欧州以外はどうなってもいいという考え方は案外簡単に同居できてしまうらしい。
移民の問題は古くから存在し、それこそ前漢(前206-8)以降の胡漢雑居から四世紀の五胡十六国へと続く中国史も移民問題の爆発と言ってよい。
なので、机上の空論で移民問題が解決するとは思えないが、単純に移民を遮断して殺してしまうという行き方が、歴史の有るべき姿なのか。
前回に続いて、創大「EU法」の番外編の感想である。
ちなみに私は、老子の小国寡民論者である。それこそ、机上の空論に近いと言われるだろうが(笑)

池上彰みたいなテレビ屋の解説ではなく、ちゃんとした研究者の視点が知りたいと思っていたら、何と町の図書館で庄司克宏『ブレグジット・パラドックス』岩波書店2019年を見つけた。
著者の庄司は、私が「EU法」のレポート作成に際して参考書にした『新EU法 基礎編』『新EU法 政策編』(いずれも岩波書店2003年)の著者でもある。
その人が、こんな一般書も書いているんだと感心した。
2016年3月に行われたイギリスのEU離脱是非を問う国民投票は投票率72.2%で、離脱51.89%、残留48.11%で単純な多数決原理でEU離脱が決まった。
で、庄司の本の引く資料では離脱を選んだ人々の理由が「主権の回復」だというのだ。平ったく言やあ、イギリスの議会の上にEUの裁判所があるのが怪しからんと言うことらしい。
だが面白いのは、残留を選択した人々の理由も経済・雇用・物価という実利の面でEU離脱はリスクが大きいと考えたからで、決して欧州諸国との関係や平和といった理念からではなかったようだ。
創大のテキストである中西優美子『「EU法』新世社2012年によれば、EUの理念は1795年に著されたカントの『永遠平和のために』が説くところの「国家も個々の人間と同じように、その未開な自由を捨てて公的な強制法に従うこと」が永遠平和の方策であるという理念に立っていたはずだったのだが。
語弊を承知で言うと、むしろ離脱派の方がイギリスの国家主権がEUに優先されるべきであるという或る種の理念に立ち(その当否は別にして)、逆に残留派の方が損か得かという目先の算盤を弾いているのではないかと私には映る。
庄司の本は、こうした事実を紹介して具体的にどんな形でのEU離脱(ブレグジット)が考え得るかというパターンを専門家らしく幾つか列挙しているが、その辺りは余り面白くない。
本論は、終章の「民主主義の赤字」の問題だろう。
EUは、主権を共有しようとするシステムである。これは、平和の維持に不可欠な欧州連邦の最初の具体的な基礎を実現することを目指し、超国家的な最高機関を設置して加盟国を拘束しようとするのである(1950年の仏国外相シューマンのプラン)。
だが問題は、EUレベルでのデモス(国民)が存在しないことであるという批判が一方で存在する。デモスとは、共通のアイデンティティーを有する同質的な集団としての国民を言う。つまり、EUの理念を共有する人々という土台を欠いたままEUが誕生したという「民主主義の赤字」こそがブレグジットの本質だという論を庄司は紹介する。
ただし、庄司はこのデモス欠如論には与しない。欧州の特性は中小規模の国々の集合体にあり、異なったデモスが多元的に存在することにあり、政治・宗教・民族において圧倒的な多数派は存在しない。その特性に立ってこそEUは成立したのだから、そこにEUレベルでのデモス(国民)を求めようとするのは、視点がおかしいのではないかといった批判をしている。
EUは、こうした欧州の多元性に立って様々な少数派に対して水平的な権力配分を行うことにより、政治参加する機会を保障するシステムを作ろうとしている。
また、EUは特定のイデオロギーではなく多様なニーズに基づいての主権共有を図ってきた。各主権国家の存在という異なるデモスの上に、主権の共有を目指したEUの行き方は現実への対応として間違っていないと庄司は言う。
現実という問題に関して言えば、仮にイギリスがどんな形でEUを離脱しても、やがてEUに戻らざるを得ないだろうというのが庄司の観測だ。
世界で起きている多くの問題は、もはやイギリスという一国だけで対応できるものではなくなっている。欧州を離れてイギリスは存在できないと結論するのだ(EUの前身である欧州経済共同体EECとイギリスの関係について、森嶋通夫『サッチャー時代のイギリス』も同様の分析をしていた)。
以上、庄司の主張は理念から始まったEUが抱える綻びのひとつであるブレグジットについて、最後は現実の壁がイギリスをEUに押し戻すだろうということだ。
私のいい加減な要約なので、当を失していると思う。興味のある方は、庄司の本を手に取るとよい。
庄司のEU論を読んで、私はカール・マルクスに代表される唯物的な進歩史観を市井三郎が非情的自然主義型と命名したことを思い出した。
理念や倫理で社会は進歩するのではなく、あくまでも現実的な要請から動き進歩していくという立場だ。進歩するというのがこの史観の眼目だが、私はデモス欠如論者の説くように「理念を持った人々の集合」すなわち「理念を持った人々の誕生」がない限り本当の進歩はないだろうと考える。そして、そんな人々は誕生しないような気がしている。ただし、この理念は倫理的なものでなければならないが。
とにかく庄司の本を読んで、その引用資料の分析などでブレグジットの底流が損か得かではなく「主権回復」という主張にあることがわかった、という無知な私の中途半端な話である(笑)
本棚にずいぶん古い地図帳、それも結構重たいのは一冊あるが、そんなものを持っていく気はしないのでamazonで帝国書院の『新詳高等地図』1760円を買った。もう少し待つと新版が出るらしいが、講義には間に合わない。
昔々、義務教育の頃に教師の話もろくに聞かずに授業中に地図帳を広げていた私がいた。
別に地理が好きな訳でもないし、ユリ・シュルヴィッツの『おとうさんのちず』のように豊かな空想の世界に身を置いていた訳でもない。そんな時があった、というだけである。
地図帳が身近にある生活をやめて随分になる自分に気づき、ふと簡単な地図を手許に置いてみたいと思ったのだ。
買った地図帳はインドに関する部分は見開き一頁しかなく、果たして講義を聴く上で役に立つのかなと気になってはいるが。
で、朝の図書館からの帰りにフルの家の前を通ったら、横になって薄目を開けていた。
久しぶりに写メを撮ろうと携帯を向けたら、驚いたことにフルは起きあがってポーズを取ってくれた。
きっと何か言いたいのだろうが、ご覧のとおりフルの鎖が短くて(正しくは、道まで出られないように後ろの柱にグルグルと巻きつけて短くしてある)、これ以上は近づけない。
時折、ずかずかと他人の家の敷地に入ってフルに触れている人がいるが、そんなことはすべきではない。
念のために付けくわえると、フルはちゃんと散歩にも行っているし可愛がられていると思う。
ただし、昼間は家人が留守で些か淋しそうだ。
「またね」と手を振って帰ったが、フルは同じ格好のまま動かなかった。


